#思考 — Public Fediverse posts
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CW: 久々の思考。文体を本来のものに戻しています。人間の精神や生死に触れているのでCWで。
性格が形成されるのは、生まれ持った性質と環境要因に依るところが大きいね。こと人間関係においては、自分の意思を他人に伝えたり、自分の考えを行動として表したりする事が大切だね。それは、幼少期からの積み重ねで少しづつ出来るようになってゆくものだ。最初は拙いし失敗もするけれど、学習によって次第に上達してゆく。他人と喧嘩になる事もあるし、理不尽な攻撃を経験する事もあるかもしれない。ただ、それは人間関係以外でも……そう、勉強でも仕事でも趣味でも生活でも同じことで、全ては経験と学習によって成り立っているものなんだ。様々な失敗や挫折の積み重ねが自分の経験になり、経験による学習から身に付けたスキルは必ず役に立つ。スキルを上手く使いこなせずに新たな失敗や挫折を味わったとしても、それすらも経験として蓄えられるし、そこから学んでゆける。身体的なピークを過ぎて老いてゆくばかりだとしても、最後の最後まで学び続けられるのが人間という生き物なんだ。
これをもっと大きく捉えると、人生とは数多くのスキルによって行われ続けるサバイバルなのかもしれない。そして、生がサバイバルであると仮定するのなら、死はその結果なんだ。必ず訪れる答え、ともいえるね。生と死の価値は等しく、死は必ず悲しみや寂しさ以外の感情をもたらしてくる。何も「価値ある生」だなんて難しく考える事はないんだ。生きているだけで充分であって、そこには本来どんな勝敗も存在しない。必要以上に死を恐れたりもしなくていい。
対人関係において最も重要なのは、どんなに失敗してもいい、例え転んでも必ず誰かが支えてくれる、という事を心から信じられる事なんだね。それを信じる為には一体何が必要だろう?これは僕の持論だけれど、「基本的信頼感」と呼ばれているものなんじゃないだろうか。「基本的信頼感」は、"ありとあらゆる人間が同時にサバイバルをしているこの雑多な世界に、自分が受け入れられて生きている"という事を認識する為の感覚だね。この感覚は、母親の胎内に居る頃から物心がつくまでの間に養われる、とても大切なものなんだ。だけど、何らかの要因でそれが上手く養われなかった場合、どこかしら生きづらくなってしまうんだよ。
ここで僕自身の話をすると、ひどく歪な環境で生まれ育ったから、この「基本的信頼感」が慢性的に欠落気味だし、希死念慮も影のように付き纏っている。それでも、数多くのスキルを身に付けてきたから、世界に身を置けている。失敗しても転んでも、きっとどこかで誰かに支えられていると信じられる。信じる事で可能性の幅は広がりを見せ、欠落を補う為に必要なものが何なのかを自覚する。添え木を他所から探してきて、それで自分を支えたりしながら、決して広くはない世界を渡り歩いている。抗う事はとうの昔にやめてしまったし、「普通」でありたいと願う事も捨ててしまったけれど、一旦受け容れてしまえば、あとはただ生きてしまうのだと思う。
ある種の問題を抱えた人間にとって、この『ニーバーの祈り』が実感を伴って腑に落ちるまでにかかる時間は、永遠のように長いだろう。
"God, grant me the serenity to accept the things I cannot change,
Courage to change the things I can, and the wisdom to know the difference."
……そんな状態は、想像しづらいかい? だったら、誰もが当たり前のように持っている五感、その中の一つが欠けてしまった状態を思い浮かべてみてくれないか。そうだね、きっと今とは少し違った世界が見えてくることだろう。もし、他人の気持ちや考え方を理解しづらいと思う時があったら、まず想像してみるといいのかもしれない。人生で感じる「生きづらさ」は殆どの場合、人間関係に起因する。人間が集団でサバイバルを行う動物である以上、絶対に避けられないのが人間関係だ。濃度の差はあれ、全ての問題や悩み事は人間関係に端を発するというのが、僕の考えなんだ。そして、それを克服する為に必要なのは、さっき話したようなスキルなのだと思う。
失敗しても転んでも、喧嘩になっても理不尽な攻撃を受けても、それは人間としての生そのものだ。様々な感性や思考、色々な行動パターンや世界の捉え方、それがあるからこそ、多様性も存在する。例え「生きづらさ」を抱えていたとしても、当たり前のように許されてこの世界に存在してもいいのだという事を、どうか覚えていて欲しい。
#思考 -
眠る前に少しだけ思考。初めてSNSに触れた時からずっとそうだったんですが、私は日記を読む事がとても好きなんですよ。
それも、過度に飾られて整えられたものではなく、生活感があって感情が込められたもの。喜怒哀楽はあっても敵意や攻撃心のないもの。そういった日記を読む事で、少しだけ視野が広がって、見ている世界の明度が上がったりする。知らなかったものを知る事が出来たりする。だから、読書をするのと同じぐらいに日記を読むのが好きだったりします。多分、エッセイ本を読むのと似たような感覚で読んでいるのだと思います。私にとっては読書に近いものですね。気が向いた時に拾い読む。
勿論、インターネットという場である以上、それらの日記も書き手の人たちの一部でしかないのだけれど、一部であったとしても、それは一人の人間を構成するもので、個性も存在するし、そこにはテキストがテキストである以上に何らかが宿っているように思うんですよね。それは私が物書きの性質を強く持っているからかもしれないし、趣味嗜好の問題なのかもしれません。
そんな私は、万年筆とお気に入りのインクを使って、好みのデザインの日記帖に日記を書くことを愛してやまないアナログ人間です。日記っていいものですよ。記録と記憶が詰まったものだから。じゃ、お休みなさい。
#思考 #日記 -
「返報性の原理」というものがあります。それは、人間が相手に何らかの借りを作った時に、自分も何らかを相手に返さなくてはならないと感じる現象なのですが、それは人間を無意識のうちに動かして、個人の動きや社会での活動、ひいてはSNS内においても人間のアクションを決定づける、そういう原理です。
SNSをやっていると、「いいね」「お気に入り」「スキ!」「ふぁぼ(古い)」「絵文字リアクション」を貰った時に、自分に対してそれをした相手のことが気になりませんか。相手に対して、自分も何らかのリアクションをしなければ……と思ったことはありませんか。インターネット上でSNSというものが世間に多大な影響を及ぼし始めたのは、アラフォーの私にとっても随分前のことですが、その中にも「返報性の原理」は確実に存在しているという話があります。
「青い鳥だったもの」では過多な情報や代謝の速過ぎるトレンドや各地の炎上などが目に入ってきて妙な惑いを感じたりもしているのですが、そういった惑いとはまた別の感情として、「返報性の原理」が惑いの根底に流れているように思います。特に、拡散が比較的発生しづらいFediverseでは、人のことが気になって、何となく投稿を拾いに行こうとしたり、フォロー返しをしようとしたり……そういうことってありますよね。フォローが増えるに従って、何となく動きがとりづらくなったりもしますよね。
「返報性の原理」のいいところは「何かお返しがしたい」という気持ちで、例えば友達が誕生日にプレゼントをくれた時には自分もギフトを贈りたくなるし、今の時期だとお中元をいただいた時にはカタログを眺めてみたりするし、鬼が笑うような話だけれど年賀状を貰った時にはコンビニで年賀状を買ってまで送ったりするし、そういう気持ちってありますよね。少しは時間をとられるけど、そうしようかな……みたいな気持ち。
それもこれも、自分が一方的に何かを得ている状態だとバランスが崩れるので、無意識にバランスをとろうとして「返報性の原理」が働くんですね。「何かお返しがしたい」という気持ちは温かくて大切なものだけれど、SNS上ではそれが枷になってしまう場合もありますね。今これを書いている私もそんな感じの時があります、惑いを感じているような時です。
個人的な対策としては「ああ、これは返報性の原理のせいだな。三大欲求と同じで自分が人間をやってゆく上で切り離せないものなんだな。それならそれで仕方がないな。だって人間なんだもの」みたいな事を念頭に置きながら、鉄道の分岐器のように、自分の気持ちから自分の投稿を切り離してみる、というのを心掛けています。書くのが大好きだし、読むのや拾うのや探すのも好きだけれど、枷があるとちょっとしんどい。そんな風に思うので、なるべくなるべくで「返報性の原理」とは上手くやってゆきたいなあと思っています。
……と、ここまで書きましたが(偉そうに見えたら本当に申し訳ない)、実際にはまだまだ「返報性の原理」との付き合いは下手くそです。人間だもの。
#雑談 #思考 #SNS -
これは本当にそうで、タグをつけて投稿するというの、Coffee Breakへの登録当初は全くやってなかったんですが、意識的にタグをつけるようになって以降、探し物が上手く行ったり、自分と似た趣味や系統の人が外部から見付かったりするようになりました。
「青い鳥だったもの」では、ぶっちゃけタグ付け投稿はほぼした事がないのですが、ことMisskeyだと自分好みのユーザーさんを探すにはハッシュタグがお役立ちだと思いました。これも人によるけれど、SNSでは「自分の投稿を見て貰う」よりも「自分好みのユーザーさんを発掘する」方が重要だと思っています。
#雑談 #思考 #ハッシュタグ
RE: https://fedibird.com/users/petitnama/statuses/110809704117641001 -
一冊の本を手に取るきっかけや経緯は人によって全く異なっていて、読書をする理由は本当に多種多様であるのだろうなあと、ふと思いました。
「純粋に何かを知りたいという好奇心で読む」であったり「自分に必要な分野があって身に付けたいから読む」であったり「物語へ没頭して感情移入をしたくて読む」であったり「流行っているから何となく読む」であったりする。ただ、どんな理由であれ、読んだ本というのは濃淡はあれども記憶に残るし、生きてゆく上で何らかの役には立つのだろうと思う。それが専門分野の分厚い論文であっても、平仮名だらけの漫画であっても、SNS上のテキストであっても、同じことなのかもしれない。
石版に文字が刻まれた太古の昔から、文字は何かを伝えて残す為のものであったのだし、書き手と読み手の間で交わされる会話のようなものでもあったのだろうと思う。文字は言葉であって、言葉は文章であって、文章を纏めたものが本であるのだから。そして、多くの本から派生したのが、芸術や映像なのではないだろうか。
読書。決して強制で読むべきではなくて、本へと辿り着くとっかかりのようなもの、それを求める感情が一番必要なのかもしれない。そんな事をふと考えた夜でした。
#雑談 #本 #読書 #思考 -
昨天在看《宇宙时空之旅:未知世界》的时候,影片中有两处值得思考。
第一:人类在学会种植农作物之后才开始定居下来,从此便有了家的概念。随着人口的增长,越来越多的人开始定居,聚集,从此便有了城市,国家。所以先有国后有家这个概念是站不住脚的。
第二:在加泰土丘这个早期的城市遗迹中,人们几乎不存在什么贫富差距,人们还像狩猎时期一样,共享那些劳动成果。所以,人类生性贪婪这样的论调是不是应该重新审视,在之后的时间里,到底是哪些原因让我们开始变得自私,贪婪。
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今天下午在小宇宙上听完了枫言枫语邀请的livid(V2EX创始人)录制的那一期播客。
有几个观点我印象比较深:
1.当一些大公司关闭一些服务的时候,那么我们之前存储在上面的资料会被如何的处置呢?他们或许会销毁那些资料,不做备份保留;当然,我们更加害怕的是:自己的资料被随意的使用。
2当我们谈及RSS订阅的时候,我们第一时间想到的是,打破“信息茧房”,但是如果维护该RSS服务的中心服务过滤一些内容时,你会有感知吗?
3.当我们谈及暴雪的游戏不再吸引我们的时候,也许我们应该知道,当初做游戏的那一批人已经老去了。
4.互联网是一个很大的世界,如果你看的内容只有那些,那么不妨多关注一些其他的内容。 -
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CW: 对于转发的一点思考
#思考 #转发 #长毛象 #随笔
转发可以说是微博客相较传统博客的一个重大创新了。
但转发究其本质不过是转载。微博客与传统博客所不同的地方在于提供了一个转发按钮,只要你一点击这个按钮,博客平台便会将相应的微博文张贴于你的首页中,而无需像传统博客那样需要你自己手动复制、粘贴、发布。那么问题来了,同样是转载行为,那为什么人们(尤其是创作者)对于后者十分反感,但对于前者却欣然接受?
我想到的原因大概有以下几点:
一:微博客平台的转载时会默认标明这条微博文的原作者,给了原作者足够的名誉。
二:微博客有意避开了“转载”这个词,而新创造了“转发”一词。同时,转发按钮的出现,也让转发变得极为普遍。二者结合,让大多数人无法将“转发”与“转载”联想起来。
三:微博客的内容较短,创作时付出的精力较少,所以即使被人转载了,影响也不大。你对这个问题又有什么想法呢?可以回复交流。