#クラシック — Public Fediverse posts
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今日はパブロ・サラサーテの命日。1908年、フランス領バスクのビアリッツにて没、享年64。
何と言っても「ツィゴイネルワイゼン」が有名。他の作品もほぼヴァイオリン独奏をフィーチャーした作品。
生まれたのはスペイン領バスクのパンプローナで、墓も同地のサン・ホセ墓地にある。https://maps.app.goo.gl/ayp43zgxfvUhkKtw8 バスクという独自の文化圏の出身という背景が、やはり作風にも影響していると見るべきか。
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今日はパブロ・サラサーテの命日。1908年、フランス領バスクのビアリッツにて没、享年64。
何と言っても「ツィゴイネルワイゼン」が有名。他の作品もほぼヴァイオリン独奏をフィーチャーした作品。
生まれたのはスペイン領バスクのパンプローナで、墓も同地のサン・ホセ墓地にある。https://maps.app.goo.gl/ayp43zgxfvUhkKtw8 バスクという独自の文化圏の出身という背景が、やはり作風にも影響していると見るべきか。
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今日はパブロ・サラサーテの命日。1908年、フランス領バスクのビアリッツにて没、享年64。
何と言っても「ツィゴイネルワイゼン」が有名。他の作品もほぼヴァイオリン独奏をフィーチャーした作品。
生まれたのはスペイン領バスクのパンプローナで、墓も同地のサン・ホセ墓地にある。https://maps.app.goo.gl/ayp43zgxfvUhkKtw8 バスクという独自の文化圏の出身という背景が、やはり作風にも影響していると見るべきか。
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今日はシベリウスの命日。1957年没、享年91。
亡くなったのはヤルヴェンパーにあった自宅。「アイノラ」と命名されたその自宅には1904年から半世紀以上にわたって住み続けていた。現在は記念館として公開されており、その庭に夫婦ともども葬られている。https://maps.app.goo.gl/qgiGN9o6csAxCZMUA 但し、短期的にロンドンなどに住んだことはあり、その地にもプレートが掲げられている。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jean_Sibelius_15_Gloucester_Walk_blue_plaque.jpg#/media/ファイル:Jean_Sibelius_15_Gloucester_Walk_blue_plaque.jpg
「アイノラ」の近隣はちょっとした芸術家コミュニティになっていた。
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今日はシベリウスの命日。1957年没、享年91。
亡くなったのはヤルヴェンパーにあった自宅。「アイノラ」と命名されたその自宅には1904年から半世紀以上にわたって住み続けていた。現在は記念館として公開されており、その庭に夫婦ともども葬られている。https://maps.app.goo.gl/qgiGN9o6csAxCZMUA 但し、短期的にロンドンなどに住んだことはあり、その地にもプレートが掲げられている。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jean_Sibelius_15_Gloucester_Walk_blue_plaque.jpg#/media/ファイル:Jean_Sibelius_15_Gloucester_Walk_blue_plaque.jpg
「アイノラ」の近隣はちょっとした芸術家コミュニティになっていた。
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今日はシベリウスの命日。1957年没、享年91。
亡くなったのはヤルヴェンパーにあった自宅。「アイノラ」と命名されたその自宅には1904年から半世紀以上にわたって住み続けていた。現在は記念館として公開されており、その庭に夫婦ともども葬られている。https://maps.app.goo.gl/qgiGN9o6csAxCZMUA 但し、短期的にロンドンなどに住んだことはあり、その地にもプレートが掲げられている。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jean_Sibelius_15_Gloucester_Walk_blue_plaque.jpg#/media/ファイル:Jean_Sibelius_15_Gloucester_Walk_blue_plaque.jpg
「アイノラ」の近隣はちょっとした芸術家コミュニティになっていた。
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今日はフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーの命日。1803年没、生年は1766年だが誕生日がはっきりしないので、享年は正確なところが確定できない。誕生日後なら37。
モーツァルトとは10歳ほど年齢差がある。モーツァルトが未完成で遺した「レクイエム」の補筆完成を妻のコンスタンツェから委託されたことで名が残っている。なお、以前はモーツァルトの「弟子」とされていたが、最近は否定する見方が優勢。
他にホルン協奏曲のロンドK.514の補筆も手掛けている。
晩年は結核に冒されていた。没後はモーツァルトと同じ、サンクト・マルクス墓地に葬られた。モーツァルト同様墓碑はない。
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今日はフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーの命日。1803年没、生年は1766年だが誕生日がはっきりしないので、享年は正確なところが確定できない。誕生日後なら37。
モーツァルトとは10歳ほど年齢差がある。モーツァルトが未完成で遺した「レクイエム」の補筆完成を妻のコンスタンツェから委託されたことで名が残っている。なお、以前はモーツァルトの「弟子」とされていたが、最近は否定する見方が優勢。
他にホルン協奏曲のロンドK.514の補筆も手掛けている。
晩年は結核に冒されていた。没後はモーツァルトと同じ、サンクト・マルクス墓地に葬られた。モーツァルト同様墓碑はない。
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今日はフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーの命日。1803年没、生年は1766年だが誕生日がはっきりしないので、享年は正確なところが確定できない。誕生日後なら37。
モーツァルトとは10歳ほど年齢差がある。モーツァルトが未完成で遺した「レクイエム」の補筆完成を妻のコンスタンツェから委託されたことで名が残っている。なお、以前はモーツァルトの「弟子」とされていたが、最近は否定する見方が優勢。
他にホルン協奏曲のロンドK.514の補筆も手掛けている。
晩年は結核に冒されていた。没後はモーツァルトと同じ、サンクト・マルクス墓地に葬られた。モーツァルト同様墓碑はない。
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今日はフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーの命日。1803年没、生年は1766年だが誕生日がはっきりしないので、享年は正確なところが確定できない。誕生日後なら37。
モーツァルトとは10歳ほど年齢差がある。モーツァルトが未完成で遺した「レクイエム」の補筆完成を妻のコンスタンツェから委託されたことで名が残っている。なお、以前はモーツァルトの「弟子」とされていたが、最近は否定する見方が優勢。
他にホルン協奏曲のロンドK.514の補筆も手掛けている。
晩年は結核に冒されていた。没後はモーツァルトと同じ、サンクト・マルクス墓地に葬られた。モーツァルト同様墓碑はない。
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向こう数日際立ったクラシックの音楽家の誕生日や命日がないのよねぇ。で、ちょっと探してたらこれが。
メルカダンテ、クラリネットやフルートのための協奏曲をいくつか書いていて、管楽器のソリストにとっては貴重なレパートリーにはなっているんだけど、そういうのを積極的に掘り起こしてないとまずお目に掛かることがない人なんだよなぁ。時期的にはベートーヴェンよりちょっと後、ロマン派の時期に生きた人ってことになるけど、演奏されている作品はむしろ古典派の作風という印象だなぁ。
>ナクソスジャパン Naxos Japanさん:
「【9月16日】#サヴェリオ・メルカダンテ
本日は19世紀イタリアの作曲家サヴェリオ・メルカダンテ(1795–1870)の誕生日。《群盗》などの歌劇でロッシーニやベルリーニに並ぶ成功を収め、後のヴェルディにも影響を与えました。ナポリ音楽院校長を務める傍ら、美しく旋律的なフルート協奏曲や室内楽曲を数多く残したことでも知られます。」 / X
https://x.com/naxosjapan/status/2099983115511034070 -
向こう数日際立ったクラシックの音楽家の誕生日や命日がないのよねぇ。で、ちょっと探してたらこれが。
メルカダンテ、クラリネットやフルートのための協奏曲をいくつか書いていて、管楽器のソリストにとっては貴重なレパートリーにはなっているんだけど、そういうのを積極的に掘り起こしてないとまずお目に掛かることがない人なんだよなぁ。時期的にはベートーヴェンよりちょっと後、ロマン派の時期に生きた人ってことになるけど、演奏されている作品はむしろ古典派の作風という印象だなぁ。
>ナクソスジャパン Naxos Japanさん:
「【9月16日】#サヴェリオ・メルカダンテ
本日は19世紀イタリアの作曲家サヴェリオ・メルカダンテ(1795–1870)の誕生日。《群盗》などの歌劇でロッシーニやベルリーニに並ぶ成功を収め、後のヴェルディにも影響を与えました。ナポリ音楽院校長を務める傍ら、美しく旋律的なフルート協奏曲や室内楽曲を数多く残したことでも知られます。」 / X
https://x.com/naxosjapan/status/2099983115511034070 -
向こう数日際立ったクラシックの音楽家の誕生日や命日がないのよねぇ。で、ちょっと探してたらこれが。
メルカダンテ、クラリネットやフルートのための協奏曲をいくつか書いていて、管楽器のソリストにとっては貴重なレパートリーにはなっているんだけど、そういうのを積極的に掘り起こしてないとまずお目に掛かることがない人なんだよなぁ。時期的にはベートーヴェンよりちょっと後、ロマン派の時期に生きた人ってことになるけど、演奏されている作品はむしろ古典派の作風という印象だなぁ。
>ナクソスジャパン Naxos Japanさん:
「【9月16日】#サヴェリオ・メルカダンテ
本日は19世紀イタリアの作曲家サヴェリオ・メルカダンテ(1795–1870)の誕生日。《群盗》などの歌劇でロッシーニやベルリーニに並ぶ成功を収め、後のヴェルディにも影響を与えました。ナポリ音楽院校長を務める傍ら、美しく旋律的なフルート協奏曲や室内楽曲を数多く残したことでも知られます。」 / X
https://x.com/naxosjapan/status/2099983115511034070 -
今日はフランク・マルタンの誕生日。1890年、ジュネーヴの生まれ。
彼の主だった作品が作曲されるのは1930年代以降。1890年生まれというのはちょっと意外な印象。ただ、幼少期から作曲は試みていたという。
父親はプロテスタントの牧師。マルタン自身少年期にバッハの「マタイ受難曲」を聴いて感銘を受けている。器楽曲が取り上げられることが多いものの、作品目録には宗教曲も数多く並んでいる。
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今日はフランク・マルタンの誕生日。1890年、ジュネーヴの生まれ。
彼の主だった作品が作曲されるのは1930年代以降。1890年生まれというのはちょっと意外な印象。ただ、幼少期から作曲は試みていたという。
父親はプロテスタントの牧師。マルタン自身少年期にバッハの「マタイ受難曲」を聴いて感銘を受けている。器楽曲が取り上げられることが多いものの、作品目録には宗教曲も数多く並んでいる。
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今日はフランク・マルタンの誕生日。1890年、ジュネーヴの生まれ。
彼の主だった作品が作曲されるのは1930年代以降。1890年生まれというのはちょっと意外な印象。ただ、幼少期から作曲は試みていたという。
父親はプロテスタントの牧師。マルタン自身少年期にバッハの「マタイ受難曲」を聴いて感銘を受けている。器楽曲が取り上げられることが多いものの、作品目録には宗教曲も数多く並んでいる。
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今日はフランク・マルタンの誕生日。1890年、ジュネーヴの生まれ。
彼の主だった作品が作曲されるのは1930年代以降。1890年生まれというのはちょっと意外な印象。ただ、幼少期から作曲は試みていたという。
父親はプロテスタントの牧師。マルタン自身少年期にバッハの「マタイ受難曲」を聴いて感銘を受けている。器楽曲が取り上げられることが多いものの、作品目録には宗教曲も数多く並んでいる。
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今日はアントン・ヴェーベルンが誤射によって射殺された日。1945年、ザルツブルク近郊のミッタージルにて。享年61。
ヴェーベルンが射殺された家が面していた通りには今は「Anton-Webern-Gasse」と名付けられている。https://maps.app.goo.gl/ta9XR5jxU1LpE4YH9 現場にはそのことを示すブロンズのプレートが設置されている。https://larryalansmith.com/mittersill-webern-kofomi-28-2024/
カンタータ第3番の草稿が残されているが、スケッチ段階に留まっている。
ヴェーベルンを誤射したアメリカ兵の名前は判明しているが、有罪にはなっていない。しかし、退役後に自責の念に駆られてアルコールに溺れ、1955年に亡くなっている。
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今日はアントン・ヴェーベルンが誤射によって射殺された日。1945年、ザルツブルク近郊のミッタージルにて。享年61。
ヴェーベルンが射殺された家が面していた通りには今は「Anton-Webern-Gasse」と名付けられている。https://maps.app.goo.gl/ta9XR5jxU1LpE4YH9 現場にはそのことを示すブロンズのプレートが設置されている。https://larryalansmith.com/mittersill-webern-kofomi-28-2024/
カンタータ第3番の草稿が残されているが、スケッチ段階に留まっている。
ヴェーベルンを誤射したアメリカ兵の名前は判明しているが、有罪にはなっていない。しかし、退役後に自責の念に駆られてアルコールに溺れ、1955年に亡くなっている。
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今日はアントン・ヴェーベルンが誤射によって射殺された日。1945年、ザルツブルク近郊のミッタージルにて。享年61。
ヴェーベルンが射殺された家が面していた通りには今は「Anton-Webern-Gasse」と名付けられている。https://maps.app.goo.gl/ta9XR5jxU1LpE4YH9 現場にはそのことを示すブロンズのプレートが設置されている。https://larryalansmith.com/mittersill-webern-kofomi-28-2024/
カンタータ第3番の草稿が残されているが、スケッチ段階に留まっている。
ヴェーベルンを誤射したアメリカ兵の名前は判明しているが、有罪にはなっていない。しかし、退役後に自責の念に駆られてアルコールに溺れ、1955年に亡くなっている。
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今日はアントン・ヴェーベルンが誤射によって射殺された日。1945年、ザルツブルク近郊のミッタージルにて。享年61。
ヴェーベルンが射殺された家が面していた通りには今は「Anton-Webern-Gasse」と名付けられている。https://maps.app.goo.gl/ta9XR5jxU1LpE4YH9 現場にはそのことを示すブロンズのプレートが設置されている。https://larryalansmith.com/mittersill-webern-kofomi-28-2024/
カンタータ第3番の草稿が残されているが、スケッチ段階に留まっている。
ヴェーベルンを誤射したアメリカ兵の名前は判明しているが、有罪にはなっていない。しかし、退役後に自責の念に駆られてアルコールに溺れ、1955年に亡くなっている。
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ペルトコスキ、指揮の折にかなり表情や身振りを大きく使うタイプなので、音楽もそれに釣られて激情タイプなのかと勘違いしてしまうが、実際はブラスセクションに対して抑制する様な指示を出すシーンも多く、パッションを如何に音として表現するかに集中している様に見えた。その点ではやはり今世紀のマーラー演奏を指向しているひとりということになりそう。
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ペルトコスキ、指揮の折にかなり表情や身振りを大きく使うタイプなので、音楽もそれに釣られて激情タイプなのかと勘違いしてしまうが、実際はブラスセクションに対して抑制する様な指示を出すシーンも多く、パッションを如何に音として表現するかに集中している様に見えた。その点ではやはり今世紀のマーラー演奏を指向しているひとりということになりそう。
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ペルトコスキ、指揮の折にかなり表情や身振りを大きく使うタイプなので、音楽もそれに釣られて激情タイプなのかと勘違いしてしまうが、実際はブラスセクションに対して抑制する様な指示を出すシーンも多く、パッションを如何に音として表現するかに集中している様に見えた。その点ではやはり今世紀のマーラー演奏を指向しているひとりということになりそう。
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今回の来日公演にマーラーを持って来たのはペルトコスキの意向だったらしい。まぁ、先代のソヒエフも割とフランスものをこなしていたし、プロモーター側もそういうレパートリーで売りたいという申し入れはあったんだろうな。
もっとも、今回のコンサートを聴く限り、フランスのオケに無理にでもドイツ風の音を出させたいという感じではなく、と言って違和感のある音でもなく、彼らなりに十分な完成度のマーラーをこなしていたと思う。
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今回の来日公演にマーラーを持って来たのはペルトコスキの意向だったらしい。まぁ、先代のソヒエフも割とフランスものをこなしていたし、プロモーター側もそういうレパートリーで売りたいという申し入れはあったんだろうな。
もっとも、今回のコンサートを聴く限り、フランスのオケに無理にでもドイツ風の音を出させたいという感じではなく、と言って違和感のある音でもなく、彼らなりに十分な完成度のマーラーをこなしていたと思う。
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今回の来日公演にマーラーを持って来たのはペルトコスキの意向だったらしい。まぁ、先代のソヒエフも割とフランスものをこなしていたし、プロモーター側もそういうレパートリーで売りたいという申し入れはあったんだろうな。
もっとも、今回のコンサートを聴く限り、フランスのオケに無理にでもドイツ風の音を出させたいという感じではなく、と言って違和感のある音でもなく、彼らなりに十分な完成度のマーラーをこなしていたと思う。
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昨日の #クラシック音楽館 、他の作業に手間取ってながら聞きしていた上に何時もより放送時間が長かったので途中でスイッチを切って寝てしまった。今日改めて録画を見返して。
トゥールーズ・キャピトル管、木管席にカメラが行った時に「あれ、バッソン?」最近はフランスのオケでもドイツ流のファゴットに切り替えている所が増えている中、敢えて今でもフランス伝統のバッソンを吹いているとは気付いてなかった。但しコントラファゴットはバッソンではなくコントラフォルテというもっとデカい音のする楽器を使っていた。そこは臨機応変なのねw。
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昨日の #クラシック音楽館 、他の作業に手間取ってながら聞きしていた上に何時もより放送時間が長かったので途中でスイッチを切って寝てしまった。今日改めて録画を見返して。
トゥールーズ・キャピトル管、木管席にカメラが行った時に「あれ、バッソン?」最近はフランスのオケでもドイツ流のファゴットに切り替えている所が増えている中、敢えて今でもフランス伝統のバッソンを吹いているとは気付いてなかった。但しコントラファゴットはバッソンではなくコントラフォルテというもっとデカい音のする楽器を使っていた。そこは臨機応変なのねw。
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昨日の #クラシック音楽館 、他の作業に手間取ってながら聞きしていた上に何時もより放送時間が長かったので途中でスイッチを切って寝てしまった。今日改めて録画を見返して。
トゥールーズ・キャピトル管、木管席にカメラが行った時に「あれ、バッソン?」最近はフランスのオケでもドイツ流のファゴットに切り替えている所が増えている中、敢えて今でもフランス伝統のバッソンを吹いているとは気付いてなかった。但しコントラファゴットはバッソンではなくコントラフォルテというもっとデカい音のする楽器を使っていた。そこは臨機応変なのねw。
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今日はアルノルト・シェーンベルクの誕生日。1874年、ウィーンの生まれ。
レオポルトシュタットの彼の生家にはそのことを示すプレートが掲げられている。https://maps.app.goo.gl/rn6kiTEDXpnAejuz7
父親はハンガリー、母親はボヘミアの出身。それぞれウィーンへ移住して、父親は靴屋を営んでいた。
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今日はアルノルト・シェーンベルクの誕生日。1874年、ウィーンの生まれ。
レオポルトシュタットの彼の生家にはそのことを示すプレートが掲げられている。https://maps.app.goo.gl/rn6kiTEDXpnAejuz7
父親はハンガリー、母親はボヘミアの出身。それぞれウィーンへ移住して、父親は靴屋を営んでいた。
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今日はアルノルト・シェーンベルクの誕生日。1874年、ウィーンの生まれ。
レオポルトシュタットの彼の生家にはそのことを示すプレートが掲げられている。https://maps.app.goo.gl/rn6kiTEDXpnAejuz7
父親はハンガリー、母親はボヘミアの出身。それぞれウィーンへ移住して、父親は靴屋を営んでいた。
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今日はエマニュエル・シャブリエの命日。1894年、パリにて没。享年53。晩年は麻痺に苦しんでいたというが、死因は不詳。
作品からはワーグナーの影響を感じる部分は少ないが、ミュンヘンで「トリスタンとイゾルデ」を観て音楽家に専念する決心をしたという。その時の印象を4手ピアノのための組曲にしたのが、「ミュンヘンの思い出」(メサジェとの共作)。
墓はモンパルナス墓地にある。https://maps.app.goo.gl/k6Hmkxv6A4ySQJSY7 https://ameblo.jp/enjoy-pocchi-life/entry-12449974526.html
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今日はエマニュエル・シャブリエの命日。1894年、パリにて没。享年53。晩年は麻痺に苦しんでいたというが、死因は不詳。
作品からはワーグナーの影響を感じる部分は少ないが、ミュンヘンで「トリスタンとイゾルデ」を観て音楽家に専念する決心をしたという。その時の印象を4手ピアノのための組曲にしたのが、「ミュンヘンの思い出」(メサジェとの共作)。
墓はモンパルナス墓地にある。https://maps.app.goo.gl/k6Hmkxv6A4ySQJSY7 https://ameblo.jp/enjoy-pocchi-life/entry-12449974526.html
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今日はエマニュエル・シャブリエの命日。1894年、パリにて没。享年53。晩年は麻痺に苦しんでいたというが、死因は不詳。
作品からはワーグナーの影響を感じる部分は少ないが、ミュンヘンで「トリスタンとイゾルデ」を観て音楽家に専念する決心をしたという。その時の印象を4手ピアノのための組曲にしたのが、「ミュンヘンの思い出」(メサジェとの共作)。
墓はモンパルナス墓地にある。https://maps.app.goo.gl/k6Hmkxv6A4ySQJSY7 https://ameblo.jp/enjoy-pocchi-life/entry-12449974526.html
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今日はマーラーの交響曲第8番が初演された日。1910年。自身が指揮しているが、翌年5月に敗血症で亡くなるので、死の8ヶ月前ということになる。
ミュンヘンで開催されていた音楽祭のメインイベントだった。アルフレット・ロラーの手掛けた初演コンサートを伝えるポスターも、出演者の多さを反映してかレタリングだけでデザインされている。 https://www.moma.org/collection/works/185292 実際、初演に出演した演奏者が1000人を超えたので、「千人の交響曲」と呼ばれることも多いが、最近は特に合唱団にそこまでの人数を入れなくなっているので、精々数百人程度で演奏される様になっている。それでも通常のコンサートホールの舞台ではなかなか出演者を全員乗せるのが難しい。
初演に使われた会場は現在は交通博物館になっている。https://maps.app.goo.gl/Bdy2uNAmJkuqYM5DA 現在は鉄道や自動車の車両が多数置かれるほどの広さがあるのは、出演者の多さを考えれば理解できるが、冒頭で壮大に鳴るパイプオルガンを初演ではどうしたのだろう。他に大きなハルモニウムが入っているのは、あるいはこういう会場では仮設のオルガンしか使えないことを考慮したのかも知れない。
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今日はマーラーの交響曲第8番が初演された日。1910年。自身が指揮しているが、翌年5月に敗血症で亡くなるので、死の8ヶ月前ということになる。
ミュンヘンで開催されていた音楽祭のメインイベントだった。アルフレット・ロラーの手掛けた初演コンサートを伝えるポスターも、出演者の多さを反映してかレタリングだけでデザインされている。 https://www.moma.org/collection/works/185292 実際、初演に出演した演奏者が1000人を超えたので、「千人の交響曲」と呼ばれることも多いが、最近は特に合唱団にそこまでの人数を入れなくなっているので、精々数百人程度で演奏される様になっている。それでも通常のコンサートホールの舞台ではなかなか出演者を全員乗せるのが難しい。
初演に使われた会場は現在は交通博物館になっている。https://maps.app.goo.gl/Bdy2uNAmJkuqYM5DA 現在は鉄道や自動車の車両が多数置かれるほどの広さがあるのは、出演者の多さを考えれば理解できるが、冒頭で壮大に鳴るパイプオルガンを初演ではどうしたのだろう。他に大きなハルモニウムが入っているのは、あるいはこういう会場では仮設のオルガンしか使えないことを考慮したのかも知れない。
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今日はマーラーの交響曲第8番が初演された日。1910年。自身が指揮しているが、翌年5月に敗血症で亡くなるので、死の8ヶ月前ということになる。
ミュンヘンで開催されていた音楽祭のメインイベントだった。アルフレット・ロラーの手掛けた初演コンサートを伝えるポスターも、出演者の多さを反映してかレタリングだけでデザインされている。 https://www.moma.org/collection/works/185292 実際、初演に出演した演奏者が1000人を超えたので、「千人の交響曲」と呼ばれることも多いが、最近は特に合唱団にそこまでの人数を入れなくなっているので、精々数百人程度で演奏される様になっている。それでも通常のコンサートホールの舞台ではなかなか出演者を全員乗せるのが難しい。
初演に使われた会場は現在は交通博物館になっている。https://maps.app.goo.gl/Bdy2uNAmJkuqYM5DA 現在は鉄道や自動車の車両が多数置かれるほどの広さがあるのは、出演者の多さを考えれば理解できるが、冒頭で壮大に鳴るパイプオルガンを初演ではどうしたのだろう。他に大きなハルモニウムが入っているのは、あるいはこういう会場では仮設のオルガンしか使えないことを考慮したのかも知れない。
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今日はクリストファー・ホグウッドの誕生日。1941年、ノッティンガムの生まれ。
モーツァルトの交響曲全集は「交響曲」として演奏されたセレナードの抜粋なども含んだ膨大なもので、音楽学者としての研究成果の集大成の1つだった。
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今日はクリストファー・ホグウッドの誕生日。1941年、ノッティンガムの生まれ。
モーツァルトの交響曲全集は「交響曲」として演奏されたセレナードの抜粋なども含んだ膨大なもので、音楽学者としての研究成果の集大成の1つだった。
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今日はクリストファー・ホグウッドの誕生日。1941年、ノッティンガムの生まれ。
モーツァルトの交響曲全集は「交響曲」として演奏されたセレナードの抜粋なども含んだ膨大なもので、音楽学者としての研究成果の集大成の1つだった。
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今日は矢代秋雄の誕生日。1929年、東京・大森の生まれ。父親は美術史家の矢代幸雄。
残念ながら一般には殆ど知名度がないか。映画音楽などの仕事は行わなかった。寡作な上に早世してしまったのが悔やまれる。死因は心不全だが、芸大教授として多忙な日々を送っていたことで過労に陥っていた可能性が高い。
個人的には「交響曲」を第一に挙げるか。「ピアノ協奏曲」は中村紘子が折に触れて取り上げていた。
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今日は矢代秋雄の誕生日。1929年、東京・大森の生まれ。父親は美術史家の矢代幸雄。
残念ながら一般には殆ど知名度がないか。映画音楽などの仕事は行わなかった。寡作な上に早世してしまったのが悔やまれる。死因は心不全だが、芸大教授として多忙な日々を送っていたことで過労に陥っていた可能性が高い。
個人的には「交響曲」を第一に挙げるか。「ピアノ協奏曲」は中村紘子が折に触れて取り上げていた。
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今日は矢代秋雄の誕生日。1929年、東京・大森の生まれ。父親は美術史家の矢代幸雄。
残念ながら一般には殆ど知名度がないか。映画音楽などの仕事は行わなかった。寡作な上に早世してしまったのが悔やまれる。死因は心不全だが、芸大教授として多忙な日々を送っていたことで過労に陥っていた可能性が高い。
個人的には「交響曲」を第一に挙げるか。「ピアノ協奏曲」は中村紘子が折に触れて取り上げていた。
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今日はリヒャルト・シュトラウスの命日。1949年没、享年85。
1908年頃から当初は別荘として購入したガルミッシュパルテンキルヒェンの邸宅に最期の時まで住んでいた。邸宅は歴史的建造物として保護されているが非公開とのこと。周辺のストリートビューも存在しない。 https://note.com/chihomikishi/n/n194acaa0a6e4 ここで「エレクトラ」以降の全ての作品が書かれている。
ガルミッシュパルテンキルヒェンには遺族が寄付した遺品をもとにリヒャルト・シュトラウス研究所が設立され、遺品の展示やリサイタルが開催されている。https://maps.app.goo.gl/ygBfeix7FHjb2ygs8
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今日はリヒャルト・シュトラウスの命日。1949年没、享年85。
1908年頃から当初は別荘として購入したガルミッシュパルテンキルヒェンの邸宅に最期の時まで住んでいた。邸宅は歴史的建造物として保護されているが非公開とのこと。周辺のストリートビューも存在しない。 https://note.com/chihomikishi/n/n194acaa0a6e4 ここで「エレクトラ」以降の全ての作品が書かれている。
ガルミッシュパルテンキルヒェンには遺族が寄付した遺品をもとにリヒャルト・シュトラウス研究所が設立され、遺品の展示やリサイタルが開催されている。https://maps.app.goo.gl/ygBfeix7FHjb2ygs8
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今日はリヒャルト・シュトラウスの命日。1949年没、享年85。
1908年頃から当初は別荘として購入したガルミッシュパルテンキルヒェンの邸宅に最期の時まで住んでいた。邸宅は歴史的建造物として保護されているが非公開とのこと。周辺のストリートビューも存在しない。 https://note.com/chihomikishi/n/n194acaa0a6e4 ここで「エレクトラ」以降の全ての作品が書かれている。
ガルミッシュパルテンキルヒェンには遺族が寄付した遺品をもとにリヒャルト・シュトラウス研究所が設立され、遺品の展示やリサイタルが開催されている。https://maps.app.goo.gl/ygBfeix7FHjb2ygs8
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今日はアントニン・ドヴォルザークの誕生日。1841年生まれ。
生家は現在記念館として整備されている。https://maps.app.goo.gl/xkkUT8uikxvyZQ5j7 隣の広場には指揮棒を持ったドヴォルザークの像が据えられている。https://maps.app.goo.gl/cEfBRHjxHGdXELb27
付近に鉄道が通っているが、開業したのは1850年、ドヴォルザークが9歳の頃。今はドヴォルザークが「鉄ちゃん」だったと言われることが増えているが、確かに子供の頃に自分の村に鉄道が敷設されて開業する様子をつぶさに見ていれば、その印象は強く残りそう。
父親は肉やだったが、アマチュアの音楽家でトランペットなどを演奏できた。
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今日はアントニン・ドヴォルザークの誕生日。1841年生まれ。
生家は現在記念館として整備されている。https://maps.app.goo.gl/xkkUT8uikxvyZQ5j7 隣の広場には指揮棒を持ったドヴォルザークの像が据えられている。https://maps.app.goo.gl/cEfBRHjxHGdXELb27
付近に鉄道が通っているが、開業したのは1850年、ドヴォルザークが9歳の頃。今はドヴォルザークが「鉄ちゃん」だったと言われることが増えているが、確かに子供の頃に自分の村に鉄道が敷設されて開業する様子をつぶさに見ていれば、その印象は強く残りそう。
父親は肉やだったが、アマチュアの音楽家でトランペットなどを演奏できた。
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今日はアントニン・ドヴォルザークの誕生日。1841年生まれ。
生家は現在記念館として整備されている。https://maps.app.goo.gl/xkkUT8uikxvyZQ5j7 隣の広場には指揮棒を持ったドヴォルザークの像が据えられている。https://maps.app.goo.gl/cEfBRHjxHGdXELb27
付近に鉄道が通っているが、開業したのは1850年、ドヴォルザークが9歳の頃。今はドヴォルザークが「鉄ちゃん」だったと言われることが増えているが、確かに子供の頃に自分の村に鉄道が敷設されて開業する様子をつぶさに見ていれば、その印象は強く残りそう。
父親は肉やだったが、アマチュアの音楽家でトランペットなどを演奏できた。
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そう言えば今日はこのスヴェトラーノフの誕生日だった。1928年、モスクワ生まれ。
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そう言えば今日はこのスヴェトラーノフの誕生日だった。1928年、モスクワ生まれ。
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そう言えば今日はこのスヴェトラーノフの誕生日だった。1928年、モスクワ生まれ。
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今日は岩城宏之の誕生日。1932年、東京の生まれ。前に文京区千石辺りという資料を見た記憶があったが、今確認しようとしたら見当たらない。
父親が役人だったので、その赴任に伴って一時京都府へ移住、その後再び東京に戻っている。数々のエッセイの中で書かれる彼の幼少期の記憶の数々はこの頃以降の話が多い。その他、事ある毎にエッセイに自身の生い立ちを書いているが、芸大受験まであまり師事の話が出て来ないのがちょっと不思議な感じもする。
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今日は岩城宏之の誕生日。1932年、東京の生まれ。前に文京区千石辺りという資料を見た記憶があったが、今確認しようとしたら見当たらない。
父親が役人だったので、その赴任に伴って一時京都府へ移住、その後再び東京に戻っている。数々のエッセイの中で書かれる彼の幼少期の記憶の数々はこの頃以降の話が多い。その他、事ある毎にエッセイに自身の生い立ちを書いているが、芸大受験まであまり師事の話が出て来ないのがちょっと不思議な感じもする。
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今日は岩城宏之の誕生日。1932年、東京の生まれ。前に文京区千石辺りという資料を見た記憶があったが、今確認しようとしたら見当たらない。
父親が役人だったので、その赴任に伴って一時京都府へ移住、その後再び東京に戻っている。数々のエッセイの中で書かれる彼の幼少期の記憶の数々はこの頃以降の話が多い。その他、事ある毎にエッセイに自身の生い立ちを書いているが、芸大受験まであまり師事の話が出て来ないのがちょっと不思議な感じもする。
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ひょっこりおすすめに出てきた。スヴェトラーノフ懐かしいな。スヴェトラーノフと言えば指揮台の赤い扇風機がトレードマークだったけど、この動画ではまだそれがないし、オケもソヴィエト国立交響楽団だから相当に前の映像の筈。何年ごろだろう。
スヴェトラーノフの「古典交響曲」はLP時代にはよくFMで放送されていた。第4楽章が無茶苦茶にテンポ速くて、最初にこれを聴いてしまったものだから他の演奏が妙にゆっくりに聞こえてしょうがなかったw。実はスヴェトラーノフのテンポ設定が例外的だったと気付くのはかなり経ってから。
この映像でもやっぱりバカっ速いテンポでフルートが2人とも必死になって吹いているのが良くわかる。このテンポであの16分音符まともに吹ける人なかなかいないでしょw。
>Prokofiev - Symphony No. 1, Op. 25 "Classical" (State Symphony Orchestra... https://www.youtube.com/watch?si=4xt9RY2PAfQ1M6e7&v=Oct-7UMwqpM&feature=youtu.be YouTubeより
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ひょっこりおすすめに出てきた。スヴェトラーノフ懐かしいな。スヴェトラーノフと言えば指揮台の赤い扇風機がトレードマークだったけど、この動画ではまだそれがないし、オケもソヴィエト国立交響楽団だから相当に前の映像の筈。何年ごろだろう。
スヴェトラーノフの「古典交響曲」はLP時代にはよくFMで放送されていた。第4楽章が無茶苦茶にテンポ速くて、最初にこれを聴いてしまったものだから他の演奏が妙にゆっくりに聞こえてしょうがなかったw。実はスヴェトラーノフのテンポ設定が例外的だったと気付くのはかなり経ってから。
この映像でもやっぱりバカっ速いテンポでフルートが2人とも必死になって吹いているのが良くわかる。このテンポであの16分音符まともに吹ける人なかなかいないでしょw。
>Prokofiev - Symphony No. 1, Op. 25 "Classical" (State Symphony Orchestra... https://www.youtube.com/watch?si=4xt9RY2PAfQ1M6e7&v=Oct-7UMwqpM&feature=youtu.be YouTubeより
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ひょっこりおすすめに出てきた。スヴェトラーノフ懐かしいな。スヴェトラーノフと言えば指揮台の赤い扇風機がトレードマークだったけど、この動画ではまだそれがないし、オケもソヴィエト国立交響楽団だから相当に前の映像の筈。何年ごろだろう。
スヴェトラーノフの「古典交響曲」はLP時代にはよくFMで放送されていた。第4楽章が無茶苦茶にテンポ速くて、最初にこれを聴いてしまったものだから他の演奏が妙にゆっくりに聞こえてしょうがなかったw。実はスヴェトラーノフのテンポ設定が例外的だったと気付くのはかなり経ってから。
この映像でもやっぱりバカっ速いテンポでフルートが2人とも必死になって吹いているのが良くわかる。このテンポであの16分音符まともに吹ける人なかなかいないでしょw。
>Prokofiev - Symphony No. 1, Op. 25 "Classical" (State Symphony Orchestra... https://www.youtube.com/watch?si=4xt9RY2PAfQ1M6e7&v=Oct-7UMwqpM&feature=youtu.be YouTubeより